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「教育」なのか「勝利」なのか②

國見です。


昨日は日本高校野球連盟(以下、高野連)が新潟県高野連が定めた球数制限について待ったをかけたという内容でお話しました。

今日もその続きですが、その前にお詫びと適正を。

昨日のブログで金足農業の吉田投手の昨夏甲子園大会での球数を1517球とお伝えしましたが、こちらは地方大会から甲子園大会終了までの球数でした。

大変失礼いたしました。

それでは本題です。

高野連がなかなか「球数制限」などに踏み切れない理由は「格差拡大」という理屈です。

確かに球数制限を導入すれば、複数の投手が必要となる為、公立校には厳しい現実となっしまいます。

現に昨夏の金足農業の大躍進を支えたのは吉田投手の力が大きいと言えるでしょう。

しかしながら、球数制限を導入していない現在においても戦力格差は明らかです。

私学の有力校は中学時代から有望な選手に接近し、戦力を整えている現状がありますからね。

こうした現状、やっぱりおかしいと思いませんか?

高校野球の本質は何なのでしょうか?

昨今、甲子園大会ではチケットを入手する為に並びが発生したりするような時代です。

大会を主催する新聞社からすれば年に1回のドル箱イベント化しています。

そうした根底にあるのは、金足農業の吉田投手のように1人で莫大な球数投げ、チームを勝利に導く「甲子園スター」の存在でしょう。

それが「感動」を生み、人は動きます。

しかし、グラウンドで戦っている選手はまだ高校生です。身体的にもまだまだこれから成長することができる年代なのです。

まずは「プレイヤーズファースト」ではないでしょうか?

その為の方法を大人が一生懸命考える。それが連盟のお偉いさん方のお仕事です。

明日もまだ続きます。

ではまた明日。