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努力はどんな時に必要か?

國見です。


今日はまた暑い1日でした。このままの調子で夏が来たら本当にどうなってしまうのか?暑いのが苦手な私は真剣に心配しています。

さていきなりですが、皆さんは「努力」という言葉にどのようなイメージを持ちますか?

有難い事にこのブログの読者の方も少しずつ増えていますから、読者の方それぞれ十人十色で様々な答えがあるでしょう。

ちなみに私は「努力」という言葉にこのようなイメージを持っています。

やりたくない事をしている時に、もしくはしなければならない時に、事を遂行する為に仕方なしにするのが「努力」だと思います。

やりたくない事というのは好きでない事の事ですね。嫌だけどやらなきゃいけないそんな時にするのが「努力」だという事です。

何を言っているんだという方も居られるでしょう。

でもよく考えて見てください。TVゲームが大好きな小学生がTVゲームが上手くなる為に努力をしているという認識を持ちながらTVゲームをしているでしょうか?

そんな事はないはずです。TVゲームが好きでそれに夢中になるから、知らず知らずのうちに技術が高まりゲームが上手くなっていくのです。

これが成功する人の考え方だと私は思います。

本当にやりたい事を(好きな事)をやっていれば「努力」なんいう言葉はいらない訳ですよ。

高校球児が甲子園を目指して努力をする。と良く言いますが、おそらく高校球児の皆さんはそうは思っていないのではないでしょうか?

野球が純粋に好きだから、甲子園に出たいという想いが芽生え、厳しい練習を乗り越えれるだけでなく家や寮に帰っても道具磨きや自主練習が出来る訳です。

それは努力でしょうか?私はそうは思いません。野球が好きだから上手くなりたいから自然と練習するのですよ。

逆に野球が心底好きではなくなんとなく野球をやっている時、努力して甲子園に出場する為にわざわざ夏休みなどを含む高校生活のほとんどの時間を野球に捧げる事ができますか?

絶対無理ですよね。野球が好きだから、夢中だから出来るのです。

仕事も同じですね。

やっている仕事が心底好きだったら、仕事に夢中でいくらでも仕事に取り組めるはずだし、「時間がない」などのネガティブな言い訳などはそこに存在しないと私は思います。

反対に誰かに頼まれたり、指示されたり、しょうがなくしている仕事は、誰でも何かと小言を言いながら「努力」をして仕事をするものです。

私は好きなこと夢中なことに「努力」という言葉は必要ないと思います。

皆さんは「努力」という言葉を捉えますか?

ではまた明日。